ウィル・ブロック著

人間としてよりよく生き、繁栄するためには、体内のほとんど全ての細胞中に存在するニコチン酸系の分子、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)をたくさん必要とします。しかしながら、加齢によりサーチュインの適切な活性が損なわれることで、この重要な分子を失ってしまいます。

「サーチュイン」と呼ばれる長寿遺伝子は、最初に発見されたサーチュインである酵母菌SIR2遺伝子から名づけられました。サーチュイン遺伝子は、NAD活用性酵素であり、体内でのサーチュインの影響について多くの研究がなされています。サーチュイン遺伝子は、加齢による病気、疾患に関連すると考えられています。

サーチュイン:NAD活用性酵素とは

<語彙集>

アルファTOR阻害剤:スタチンの一種

AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ):代謝の主要制御因子として知られています。

運動:体にかける負荷。

フィスリン(Fisulin):STACとも呼ばれる最初のSIRT1活性化物質で、ポリフェノールの一種です。

改善(Flourish):加齢によるロスを向上または埋め合わせることを意味します。

FOXO3:人間の長寿に関連する変異体であると示されています。

NAMPT:NADを再循環させる、私たちの体内にある遺伝子です。

NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド):500種を超える酵素によって使われ、サーチュイン活性の低下により失われます。

ニコチンアミドリボシド(NR):ニコチンアミドモノヌクレオチドに変換されます。

ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN):NADに変換します。

ピラジナミダーゼ/ニコチナミダーゼ1(PNC1):NAD生産を増強します。

レスベラトロール:天然フェノールの一種で、細菌や真菌といった病原体による攻撃を受けた時に、ある特定の植物で生産されます。

サーチュイン遺伝子:最初に発見された酵母のSIR2遺伝子から名付けられました。

今井眞一郎博士(ワシントン大学医学部教授):MIT(マサチューセッツ工科大学)に在籍していた当時、ディビッド•シンクレア博士の同僚で、サーチュインに関する多くの貴重な発見をしました。その主な発見として、サーチュインがNAD活用性酵素である、ということが挙げられます。加えて、体がどのようにサーチュインを制御するかについても研究しています。

ディビッド•シンクレアAO(オーストラリア勲章オフィサー)博士:サーチュイン遺伝子、レスベラトロールおよびNAD前駆体を含む、老化を遅らせる遺伝子や小分子の研究で最もよく知られています。2019年に新著“lifespan: Why We Age and Why We Don’t Have To(寿命:我々はなぜ老化し、なぜ老化しなくても良いのか)”を出版しました。

医療実験用マウスでの検証

ハーバードのシンクレア博士の研究室では、マウスにおいてカロリーが制限された場合に、NADを再循環する遺伝子が増強し、酵母の寿命が延長され、その結果サーチュインの増加が促進されるという発見がなされました

科学者が時に紛らわしい言い方で科学について話す場合、いくつかの繰り返されるテーマが隠されています。その中には、低エネルギーセンサー転写エラーや追加のNADとサーチュインブースター、ストレス耐性および長寿因子があります。

シンクレア博士の研究に使われたマウスは月齢20ヶ月で、人間のおよそ65歳に相当します。研究者はマウスにNADのレベルの増加を意図する分子を投与し、それによりサーチュインの活性が増加することを期待しました。これでもしマウスが“走り回ることに夢中”になったら、良い兆候と考えられます。

理由として、ひとつは2018年に出版された研究論文にあります。整列する内皮細胞を活性化させ、SIRT1酵素を活性化させるNAD増強分子を作用させた場合、年老いたマウスの血管を覆う内皮細胞は血流が良くない筋肉部へ侵入していったのです。

科学者は、これがなぜ起こるかについて、その全てについては未だ分かっていません。科学者は、どのような分子がサーチュインの活性化に最適なのか、およびその用量に関しても分かっていません。何百もの異なるNAD前駆体が合成され、これに対する回答とさらなる理解を深めるための治験が進められています。

図1:ディビッド•シンクレア博士の著書より:“lifespan: Why We Age and Why We Don’t Have To(寿命:我々はなぜ老化し、なぜ老化しなくても良いのか)”

運動とは負荷をかけること。

運動は、その定義として、私たちの体に負荷をかけることです。NADのレベルを上げ、次に生存ネットワークを活性化させ、エネルギー生産を増加し、筋肉に酸素運搬毛管の成長を強要します。

では、サーモスタットの反対側では何が起こるっているのでしょうか?その構図は少し不明瞭ですが、実験室の酵母、S.cerevisiaeから有望な手がかりが得られています。一見すると低レベルで、甘みを好む単細胞のこの酵母(その名前の由来は“糖を好む”)は、世界で最も重要な実験生物の一つなのです。

シンクレア博士のラボの研究から、酵母の温度を30°Cから単細胞生物が保てる限界ぎりぎりの37°Cまで上げると、ピラジナミダーゼ/ニコチナミダーゼ1(PNC1)遺伝子を発現させ、それらのNAD生産を増強し、サーチュイン蛋白がもっと活動できるようになります。

興味深いことは、この温度ストレスを受けた細胞が30%長く生きたということではなく、そのメカニズムがカロリー制限によって引き起こされるものと同じであるということです。

NAMPT – NADを再循環する私たちの体内にある遺伝子

サウナの研究では、一時的に熱にさらされることが私たちの体に良いであろうことを示しています。でも、それがどうしてなのかは教えてくれません。もし、酵母が導いてくれるのであれば、NADを再循環する私たちの体内の遺伝子であるNAMPTに関するより多くの知識が有用になるかもしれません。絶食や運動など、さまざまな体への負担を引き金としてNAMPTが発現され、それにより私たちをより健康にするためのサーチュインがもっと活動できるように、より多くのNADを生産します。

シンクレア博士らは、NAMPTが熱によって発現されるかどうかの検証は行っていませんが、それは他者が行うことでしょう。いずれにせよ、明白なことが一つあります:人生の全てを温熱中間帯で過ごすのは良くないということです。私たちの遺伝子は、甘やかされた快適な人生を送るように進化したのではありません。ホルミシスを誘発する多少のストレスがたまには大いに役立つかもしれません。

しかし、生物学的な負担に対処することと、圧倒的な遺伝子の損傷は全くの別物です。ある程度の負担や細胞へのストレスは私たちの長寿遺伝子を刺激するので、私たちのエピゲノムにとって有用なのです。

もしこれが無秩序だと思うなら、その通りです。しかしながら、我々は、秩序を出現させるために、この無秩序を必要とするのです。これ無しには、生命を維持するために集合すべき分子がお互いを見つけることができず、ゆえに一体化できません。SIRT1と呼ばれる人間のサーチュイン酵素は、その良い例です。SIRT1の正確に振動するソケットが、NAD分子とヒストンまたは特別な分子からアセチルを奪い取りたいタンパク質を同時に包み囲みます。二つの捉われた分子は直ちに絡まり、SIRT1がこれらを多方向に引き離す直前にビタミンB3およびNADに再循環される老廃物であるアセチル化アデニンリボースを生産します。

メトフォルミンの働き

寿命延長を望む人の多くは、糖尿病薬のメトフォルミンを服用しています。メトフォルミンの美点は、老化による多くの病気をノックアウトすることです。

代謝の主要制御因子であるAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)も同様の働きをします。細胞は、エネルギーが低下した際にAMPKを活性化します。運動後やカロリー制限時に身体中の組織でAMPKが活性化されます。

AMPKは、より多くのNADを生産し、老化に対して作用するサーチュインやその他の防御を活性化し、これらの状態の上流の生存回路に稼働し、表向きエピジェネティクな情報のロスを遅らせ、代謝を管理して、全ての臓器がより若くより健康に保つようにします。

低カロリーや低アミノ酸ダイエットまたは運動によってこれらが活性化されると、生物はより健康になり、病気に耐性でき、より長生きします。

ラパマイシン、メトフォルミン、レズベラトロルおよびNAD経路の微調整

ラパマイシン、メトフォルミン、レズベラトロルおよびNADブースターのようなこれらの経路を微調整する分子は、低カロリーダイエットや運動による利益を模倣し、様々な生物の寿命を延長します。

実際の負担がないのに、私たちの体の生存機構を稼働させることによって、これまで以上に寿命を延長することができるのでしょうか。そうするのに最適な方法は何でしょうか。

それは、強化されたAMPK活性化剤でしょうか。アルファTOR阻害剤でしょうか。最初に発見されたSIRT1活性化物質あるいはSTACであるフィセチンと呼ばれるポリフェノールでしょうか?それとも、これらと断続的な断食や高強度インターバルトレーニングの組み合わせでしょうか。組み合わせの可能性はほぼ無限です。

他のSTACは、時にはNAD+とも書かれるNADです。NADは、7つのサーチュイン全ての活性を高めるので、他のSTACに比べてより有利です。NADは、アルコール発酵の増強剤として20世紀の初めに発見されました。これは予期していなかった事です:もし、酒造法を向上させる可能性がなかったら、科学者はNADにそれほど魅力を感じていなかったかもしれません。

科学者は何十年も研究を重ね、1938年に、NADはペラグラ(ナイアシン欠乏症)に相当する犬の黒舌病を治すことができたのです。NADは、ビタミンであるナイアシンの産物であることが分かり、その重篤な欠乏は、皮膚の炎症、下痢、痴呆、皮膚潰瘍、そして最終的に死をもたらします。NADは、500を超える異なる酵素によって使われるため、NADが全くない場合は、我々は30秒で死に至ります。

1960年代になると、研究者はNADに関する興味深い研究は全て行われたと結論付けました。その後の数十年では、NADは、10代の生物学科の学生が学ばなければならない事務的な化学物質にすぎないものであり、そういった若者が熱心にその維持管理に携わっていました。ところが1990年代になり、NADが単に維持するためだけのものではなく、老化や病気を含めた主要な生物学的過程の中心的な調製物質だということがわかり始め、その概念が大きく変わりました。今井眞一郎博士とレニー•ガレンテ博士が、NADがサーチュインの燃料として作用することを証明したからです。

十分なNADがない場合、サーチュインは効率的に働きません。ヒストンからアセチル基を取り除くことができず、遺伝子を抑制できず、寿命を伸ばすことができません。そして、活性化剤レスベラトロールの寿命延長への影響を見ることもできません。シンクレア氏らは、また、歳を取るにつれ、脳、血液、筋肉、免疫細胞、膵臓、皮膚、毛細血管の内側を覆う内皮細胞といった体全体でNADのレベルが低下することに気付きました。しかし、それは非常に多くの基本的な細胞過程の中心であるため、NADのレベルを増加させた場合の影響を調べることに、20世紀のどの研究者も興味を示さなかったのです。

十分なNADがない場合、サーチュインは効率的に働きません。ヒストンからアセチル基を取り除くことができず、遺伝子を抑制できず、寿命を伸ばすことができません。そして、活性化剤レスベラトロールの寿命延長への影響を見ることもできません。シンクレア氏らは、また、歳を取るにつれ、脳、血液、筋肉、免疫細胞、膵臓、皮膚、毛細血管の内側を覆う内皮細胞といった体全体でNADのレベルが低下することに気付きました。しかし、それは非常に多くの基本的な細胞過程の中心であるため、NADのレベルを増加させた場合の影響を調べることに、20世紀のどの研究者も興味を示さなかったのです。

彼らは“NADに手を出すと悪いことが起こる。”と思っていました。しかし、実際に操作しようとすることもないまま、そうすると何が起こるのか知りませんでした。酵母を使った研究の利点は、どんな実験でも、最悪の場合でも酵母の大量殺害で終わることです。酵母でNADを増加させることにはほとんどリスクがありません。

こうした理由から、シンクレア博士のラボではこの研究を行いました。最も簡単な方法は、酵母でNADを生産する遺伝子を識別することです。最初に、ビタミンB3をNADに変換するPNC1と呼ばれる遺伝子を発見しました。そこから、PNC1を増強するために酵母細胞に4つのコピーを導入し、合計5つのコピーを与えました。

図3:NADサイクル

サーチュインでより長生き

これらの酵母細胞は、通常より50%長生きしましたが、SIR2遺伝子を取り除くとそれがなくなりました。細胞は、追加のNADを生産しており、サーチュイン生存回路が稼働していたのです。はたしてシンクレア博士のラボは、これを人間で行えたのでしょうか。理論的には可能です。これを行う技術は確立されており、PNC1遺伝子に相当する人間のNAMPTと呼ばれる遺伝子ウィルスを使って導入することができます。しかし、人間をトランスジェニック生物にするためには、酵母の大量殺害よりもリスクが高いので、より多くの事務処理とはるかに多くの安全に関する知識を必要とします。そこで、研究者は、同様の結果をもたらす安全な分子を検索することを再び始めたのです。

他のルート

現アイオワ大学の生化学部長であるチャールズ•ブレナー氏は、2004年にニコチンアミドリボシド(NR)と呼ばれるビタミンB3の一種がNADの重要な前駆体であることを発見しました。[7]彼は、その後、ミルクに微量レベルで存在するNRが、NADを増強しSir2の活性を高めることで酵母の寿命を延長することを発見しました。その昔は希少な化学物質であったNRは、今は栄養補助食品として毎月大量に販売されています。

体内で、NRはNMNに変換され、続いてNADに変換されます。NRまたはNMNを含む飲み物を動物に与えると、体内のNADレベルが次の数時間の間に約25%増加します。これは絶食またはかなりの運動をした場合とほぼ同じです。シンクレア氏の友人であるガレンテラボの今井眞一郎氏は、2011年にNMNがNADレベルを回復することによって老齢マウスの2型糖尿病の症状を治療できることを証明しました。そして、ハーバードのシンクレア氏のラボの研究者は、NMNを1週間注射するだけで、年老いたマウスのミトコンドリアが若いマウスのミトコンドリアのように機能することを明示しました。

NADブースターを使った人間での研究は継続中です。現在のところ、毒性は見つかっておらず、その兆しさえありません。筋肉および神経疾患における効果を検証する実験は、これから始まるか、現在行われており、これに引き続く、NADのスーパーブースター分子の開発は2-3年遅れています。しかし、多くの人は、これらの研究結果を何年も待つことに我慢できません。ここでは、こうした分子やそれに類似する分子がどこにあるのか、またそれがどこに続くのかに関する興味深い手がかりを得られます。

NADブースター

私たちは、NADブースターがマウスの様々な病気を効果的に治療し、高齢期に投与しても寿命を伸ばすことを知っています。新たな研究は、人間の健康においても、全く同じでなくとも同様の効果が得られることを強く示唆しています。2018年には、NADブースターが年老いた馬の受胎能力を回復させることができるかの治験に成功し、疑い深かった監修に当たった獣医を驚かせました。

これらの、月経や生殖能力を回復した馬の事例報告は初期のものですが、NADブースターが低下したまたは不全となった卵巣の機能を回復するかもしれないことを示唆する興味深いものです。また、NMNが何をするのかを覚えておく必要があります:NMNは、NADを増強し、それにより細胞質に存在するヒト型の酵母Sir2に相当するSIR2酵素活性を増強します。

これらのすべては、人間の卵巣機能の回復を示唆する初期の指標であり、逸話的にすぎなくとも興味をそそるものです。これが本当であれば、寿命を延長するように働く機構が、NADブースターであるということが強く指示されます。しかし、酵母、蠕虫および齧歯類における分子の安全性や効能に関する初期の指標は、多くの人が独自の人体実験を始めているようなものです。

図4:NAD、NRおよびNMNの科学的相違を示す図。

可能性

実際の負担がないのに、私たちの体の生存機構を稼働させることによって、これまで以上に寿命を延長することができるのでしょうか。そうするのに最適な方法は何でしょうか。それは、強化されたAMPK活性化剤でしょうか。アルファTOR阻害剤でしょうか。最初のSIRT1活性化物質、あるいはSTACでしょうか。それとも、これらと断続的な断食や高強度インターバルトレーニングの組み合わせでしょうか。組み合わせの可能性はほぼ無限です。

しかし、マウスが老化するにつれて、また、おそらく私たちが老化するにつれて、これらのサーチュインが、DNAの破断を修復するために他の場所へ動員され、ゲノムの至る所に散らばり、その多くは元の場所に戻れません。この損失は、最初に老化した酵母で観察されたNADレベルの低下により悪化します。サーチュインがクロマチンを巻き取り、トランスポゾンDNAを抑制しない場合には、細胞は、これらの内因性のウィルスの転写を始めてしまいます。

転移性遺伝子の抑制

老化によりNADレベルが低下するにつれて、サーチュインがレトロトランスポゾンDNAを抑制できなくなることが最終的に明らかになるかもしれません。おそらく将来、安全な抗レトウィルス剤またはNADブースターが転移性遺伝子を抑制し続けるのに使われるでしょう。

今日、シンクレア博士の同僚は、公然と認めなくとも皆一様に楽観的です。同僚の約3分の1は、メトフォルミンやNADブースターを服用しているに違いありません。さらにラパマイシンを断続的に服用している人もいるかと思われます。

ニコチンアミドリボシド(NR)は、NMNに変換されるので、NMNの代わりにNRを服用する人もいるかもしれませんが、NMNほど効果的ではないかもしれません。ナイアシンやニコチンアミドはさらに安価ですが、NMNのように効果的にNADレベルを上げません。

一部の科学者は、NADブースターを細胞にメチル基を提供するベタインやメチル葉酸としても知られるトリメチルグリシンのような化合物とともに摂取することを提唱しています。

概念的には、これは理にかなっています。NRやNMNの“N”は、ニコチンアミドを表し、これはビタミンB3の一つで、過剰に存在するとメチル化し尿中に排泄されます。

これまで知られているメトフォルミン、NADブースター、ラパログ、ラパマイシン、セノリティクスと健康長寿への可能性は日々向上しています。そのうち、世界中の優秀な研究者が全ての病気の元凶である老化を治療する地球規模での研究に参加し、より効果的な分子や遺伝子療法が発見されることに間違いありません。それまでは、現在利用可能なもので最も優れたものを求め続けています。

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